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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)89号 判決 1978年5月02日

原告

吉田茂夫

右訴訟代理人弁理士

井上清子

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

佐竹敏睦

土屋豊

主文

特許庁が昭和四七年四月一〇日同庁昭和四三年審判第七八二号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実および理由

第一当事者の求めた裁判 <省略>

第二争いのない事実

一特許庁における手続の経緯

昭和三三年七月一一日  原告は名称を「半サイズ映画フイルムの撮影および映写方法」とする発明につき特許出願(以下「原出願」という。)

昭和三九年一一月四日  出願公告決定

昭和四〇年五月二一日  原出願から名称を「半サイズ映画フイルム録音装置」とする発明につき分割出願(以下「本願」という。)

昭和四二年一二月一五日  本願につき拒絶査定

昭和四三年二月一四日  抗告審判請求

昭和四七年四月一〇日  「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決

昭和四七年六月二四日  審決謄本送達

二本願発明の要旨

上下方向を1/2圧縮したフイルム面に順次の画面が同一方向をとる半サイズ映画フイルムを映写するに際し使用される録音を構成する装置であつて上記映画フイルムに表現された画像に対応する音声電流の変化に応じ回転される鏡と、該鏡にマスクを通して光を当てる光源と、該鏡からの反射光が当るスクリーンに設けられたスリツトと、該スリツトを通過する光の変化を録音フイルムに記録するための映像レンズを具備し上記録音記録を上記録音フイルムの録音区帯に上下方向に1/2に縮少して記録するように上記スリツトの巾を標準の1/2に形成し、上記フイルムを標準の半分の速度で送る輪動手段を含んで成ることを特徴とする半サイズ映画フイルム録音装置

三審決理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりである。

本願は以下の理由により、出願日を原出願の出願日に遡及させることができない。

すなわち、原出願の明細書の特許請求の範囲には「生フイルムを被写体の左右方向に対し上下(歪像レンズによる横方向圧縮の像を含む)方向に1/2圧縮された歪像を得るように歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に上下方向に圧縮された歪像を一駒に形成したフイルムとし、この画像をその像の圧縮された歪像に逆比率をもつて伸長復元するよう映写機の歪像光学系を使用してスクリーン上に正像を映写するようすることよりなる映画フイルムの半量撮影および映写方法。」と記載されてはいるが、この中の(歪像レンズ……像を含む)の記載は上下方向及び左右方向にそれぞれ1/2に圧縮する歪像レンズ系を使用して露光撮影することをさしていることは明らかである。そして、この撮影の結果フイルム面に生じる像は正像であつて、映写に際して広角度映写レンズ(球面レンズ)を使用するものである(原出願の公報である特公昭四〇―三七一号公報、第一頁右欄下から第七―六行参照)。

したがつて、原出願発明は、(歪像レンズによる横方向圧縮の像を含む)に対応して、歪像を歪像(正像を含む)と、また映写機の歪像光学系を映写機の歪像光学系(広角度球面映写レンズを含む)とすべきであるから、その要旨は、「生フイルムを被写体の左右方向に対し上下(歪像レンズによる横方向圧縮の像を含む)方向に1/2圧縮された歪像(正像を含む)を得るように歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に上下方向に圧縮された歪像(正像を含む)を一駒に形成したフイルムとし、この画像をその像の圧縮された歪像(正像を含む)に逆比率をもつて伸長復元するよう映写機の歪像光学系(広角度球面映写レンズを含む)を使用してスクリーン上に正像を映写するようにすることよりなる映画フイルムの半量節約撮影および映写方法」にあるものと認める。

そこで、本願発明と原出願発明とを比較してみると、原出願発明の要旨は歪像光学系を使用した撮影、処理、映写方法に関するものであるのに対して、本願発明は半サイズ映画フイルム録音装置であつて、本願発明は原出願発明を実質的に変更したものである。

ところで、本願は原出願について出願公告の決定(昭和三九年一一月四日)がなされた後に分割出願したものである。

そして、旧特許法(大正一〇年四月三〇日法律第九六号)においては、原出願について出願公告の決定があつた後は、出願人は旧特許法七五条五項の命令による場合を除いては明細書、図面を訂正することはできない(旧特許法施行規則一一条四項)。しかも、旧特許法七五条五項の命令による場合であつても、その訂正は特許請求の範囲を実質的に拡張または変更しないものに限られる。

一方、本願について旧特許法九条一項の出願分割による出願日の遡及を認めるとすれば、本願は原出願時に出願したものとみなされ、原出願の発明を本願発明のように訂正したことと同等の効果を生じる。

したがつて、本願について前記の遡及を認めるならば、一度出願公告の決定を受けた出願について、その発明を実質的に変更した分割出願についても遡及を認めることになり、訂正の制限を規定した旧特許法施行規則一一条四項(旧特許法七五条五項)は事実上空文化することになる。しかも、一度出願公告された発明を出願人が自由に訂正して実質的に変更された発明がまた公告されることになり、第三者に不測の損害を与えることとなるから、本願のような原出願について出願公告の決定がなされた後の実質的変更をともなう分割出願については旧特許法九条の出願分割にともなう出願日の遡及を認めるべきではない。

つぎに、特公昭四〇―三七一号公報(昭和四〇年一月一一日公告)には、上下方向を1/2短縮したフイルム面に順次の画面が同一方向をとる半サイズ映画フイルムを映写するに際し使用される録音を構成する装置であつて、録音記録を録音フイルムの録音区帯に上下方向に1/2に縮少して記録するよう光学録音器のスりツトの巾を標準の1/2に形成し、上記フイルムを標準の半分の速度で送る輪動手段を備えたものが記載されている。

そこで、本願発明と前記引用例記載のものとを比較すると、本願発明は、引用例記載の光学録音器として映画フイルムに表現された画像に対応する音声電流の変化に応じ回転される鏡と、該鏡にマスクを通して光を当てる光源と、該鏡からの反射光が当るスクリーンに設けられたスリツトと、該スリツトを通過する光の変化を録音フイルムに記録するための映像レンズを具備したものを使用した点で異つている。

しかしながら、このような構成を具備した光学録音器はすでに周知のものである(例えば昭和二五年四月二五日丸善出版株式会社発行、福島信之助、藤沢信、共著「科学写真便覧(第二分冊)」第一〇九九頁、図―二二参照)から、本願発明は引用例記載の光学録音器としてすでに周知の構成のものを使用したにすぎない。

したがつて、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることはできない。

四本願発明の記載されている箇所

本願発明は、原出願の特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明の中には記載されている。

第三争点

一原告の主張(審決を取消すべき事由)

審決には次のような違法があるから取消されなければならない。

(一)  分割出願の要件の解釈を誤つている。

審決は、原出願の出願公告決定後の分割出願である本願発明が、原出願の特許請求の範囲に含まれておらず、原出願の発明を実質的に変更するものであることを根拠として分割出願の要件を満たさないとし、本願について出願日の遡及を認めない。

しかしながら、出願公告決定後の分割出願につき明文の根拠がないのにそのように制限的に解することは不当である。旧特許法九条一項の「二以上ノ発明」とは、出願公告決定の前後を問わず、もとの出願の特許請求の範囲に記載されている発明だけではなく、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明をも含むと解すべきである。その理由は次のとおりである。

特許制度は、発明を社会に対し公開することの代償として一定期間独占権を付与する制度であるから、特許を受ける権利は発明の数だけ存在する。したがつて、二以上の発明を一出願中に含ませて特許出願した場合には、もとの出願の特許請求の範囲に記載されている各発明のみならず、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明についても当然特許を受ける権利があるはずである。旧特許法九条一項は、このような場合に分割して出願できる旨を規定したものであつて、出願人の当然の権利を規定したものであり、また同条同項で出願時の遡及を認めるのも、既に分割出願にかかる発明を、もとの出願において公開し、社会に提供する意思を表明しているのであるから、当然の事理を規定したにすぎない。

そしてこのような前提から、もとの出願の出願公告決定後において明細書の特許請求の範囲以外の部分に記載された発明について分割出願をした場合、これを適法なものとして、その出願時をもとの出願時に遡及させても、第三者に不測の損害を与えたり、出願公告制度に対する信頼感を低下させたりすることにはならない。なぜならば、分割出願についてはあらためて出願公告がなされるうえ、元来もとの出願が未確定の間は、第三者は、もとの明細書の特許請求の範囲以外に記載された発明についても、公開された発明の本質上、分割出願が行われ、それに特許権が付与される可能性を認識しなければならないからである。

本件において原出願の出願公告決定後の分割出願にかかる本願発明は、原出願の特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明の中には記載されているから、本願は分割出願の要件を満たしているのであつて、本願発明が原出願の特許請求の範囲に記載されていないことを根拠として本願につき分割出願の要件を満さないとした審決は誤りであり違法である。

(二)  <省略>

二被告の答弁

(一)  取消事由(一)に対する答弁

本願の場合のように、もとの出願の出願公告決定後に分割出願をした発明が、もとの出願の発明の詳細な説明または図面に記載されていても、もとの出願の特許請求の範囲に含まれておらず、これを実質的に変更するものであるときは、適法な分割出願とはいえない。このような前提をとつた審決の判断に誤りはない。

その理由は次のとおりである。

1 分割出願制度の趣旨からの考察

旧特許法七条は一発明一出願の原則を規定し、その例外として、同条において、牽連発明については二以上の発明を一つの出願で特許請求できること、すなわち特許請求の範囲に二以上の発明を記載することができることを定めている。しかし一つの出願で二以上の発明について特許請求をしている場合に、これらの発明が牽連発明の要件を備えていないことがある。そのような場合の救済として、それぞれの発明について新らたな出願を認め、その出願日の遡及を認めようとするのが旧特許法九条一項に規定する分割出願の制度である。これは、特許後に牽連発明の要件を満さないことを発見した場合に、審判によつて特許権を分割できることを定めた旧特許法五三条二項と同趣旨の制度である。

このような分割出願制度の趣旨からみても、旧特許法九条一項に規定する「二以上ノ発明」とは、もとの出願の特許請求の範囲に記載されているもののみをいうと解すべきである。

ただ現実の運用において、もとの出願の出願公告決定以前であれば、もとの出願の特許請求に記載されていないが、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明については出願の分割を認めている。それは、出願公告決定以前であれば、出願人はもとの特許請求の範囲の記載を訂正して分割しようとする発明を特許請求の範囲に追加することができるから、その補正書の提出手続を省略したものとして取扱つているにすぎない。

2 他の制度との比較からの考察

(1) 明細書の訂正との比較

出願公告がなされた出願については、旧特許法七五条五項、同法施行規則一一条四項により、明細書の訂正は、特許異議の申立があり、審査官がその訂正を命じた場合に限られ、しかもその訂正のできる範囲は訂正審判で訂正の認められている範囲に限るという運用がなされており、このような運用は適法なものとされていたから、出願公告後の明細書の訂正によつて特許出願にかかる発明が出願公告時の特許請求の範囲以上に拡大されたり、あるいは実質的に変更されることはなかつた。したがつて、出願公告後の明細書の訂正によつて出願公告時に特許権侵害でなかつた行為が新たに侵害となるような事態は生じなかつた。

しかし、本件ような場合において、分割出願を適法と認めて出願日の遡及を認めると、出願公告されたもとの出願の発明とは全く別の発明が特許されることになり、分割出願前は特許権侵害とならなかつた第三者の行為が侵害になるとともに、もとの出願後、分割した発明と同一発明を特許出願している第三者も特許を受けることができなくなるという第三者にとつて不測の事態の生ずる可能性がある。このような事態の発生を許容すると、前記の出願公告後の明細書の訂正に関する制限が全く無意味となり、出願公告された発明の特許請求の範囲に対する第三者の信頼が失われることになる。したがつて本願のような場合において、分割出願を適法なものと解釈する余地のないことは明らかである。

(2) 訂正審判および特許権分割の審判との比較

訂正審判や分割出願と同趣旨の特許権分割の審判においては、訂正後の発明あるいは分割後の発明が、もとの特許請求の範囲を実質的に変更してはならないこととされているが(旧特許法五三条一項から三項まで、五四条)、これは訂正審判や特許権分割審判の結果それまで特許権侵害でなかつた第三者の実施行為が、新たに侵害となる事態の発生を避けようとするためである。

しかし、本願のような場合において、分割出願を適法なものと認めると、前記のとおり、分割出願前は特許権侵害とならなかつた第三者の行為が侵害となる事態を許容せざるをえなくなり、訂正審判や分割出願と同趣旨の特許権分割の審判における制限と均衡を失することになる。したがつてこの点からも本願のような場合において、分割出願を適法なものとすることはできない。

(二)  <省略>

第四証拠 <省略>

第五争点に対する判断

一取消事由(一)について

審決は、原出願の出願公告決定後の分割出願である本願発明が、原出願の特許請求に含まれておらず、原出願の発明を実質的に変更するものであることを根拠として分割出願の要件を満たさないとし、本願について出願日の遡及を認めない。

しかしながら、もとの出願の出願公告決定後の分割出願について、明文の規定がないのにそのように制限的に解すべき理由はない。旧特許法九条一項には「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為シタルトキハ」と規定されているだけであつて、その発明がもとの出願の特許請求の範囲に記載されているものに限定する規定はないし、また公告決定の前後によつて取扱を異にすべき定めもない。

してみれば、分割出願はもとの出願の特許請求の範囲に記載されている発明についてだけ許されるのではなくて、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明についても許されるのであつて、このことは出願公告決定の前後を通じて変らないと解するのが相当である。

そうすると、原出願の出願公告決定の分割出願にかかる本願発明は、原出願の特許請求の範囲には、記載されていないが、発明の詳細な説明に記載されていることは当事者間に争いがないから、本願は分割出願の要件を満たしているといわなければならない。したがつて審決の前記判断は誤りであり違法である。

旧特許法九条一項は形式的のみならず実質的にも前記のように解釈すべきであつて、その理由は次のとおりである。

(一)  被告は旧特許法五三条二項において二以上の発明が一特許出願に包含されていることが特許後判明した場合には審判によつてこれを分割できることを定めており、分割出願はこれと同趣旨の制度であるから、二以上の発明とは特許請求の範囲に記載されているもののみをいうものであると主張する。しかしながら、特許権の分割は錯誤によつて一発明一出願の原則に反する特許権が発生した場合これを是正するための制度であることは、前記法条の規定上疑をいれる余地はない。これに対して分割出願については錯誤があつた場合の救済手段に限定して解すべき理由はなく、特許権の分割と同趣旨の制度である即断すべきではない。

特許制度の趣旨は人類の生活に寄与する新技術が創造されたならば、これを広く社会に公開して一般にその発明を利用する機会を与え、他方発明者に対してはその代償として、その発明について一定期間の独占権を与えることにより発明者を保護し、もつて公共の利益と発明者の利益を調和し、全体として産業の発達を図るところにある。

ところで、旧特許法七条は、一発明一出願の原則を定め、その例外として牽連発明についてのみ一出願で二以上の発明について特許請求できることにしている。しかしながら、出願明細書の中には、一発明一出願の原則に反する場合、特許請求の範囲に二以上の発明を記載しているが牽連関係のない場合や、特許請求の範囲には記載されていないが、詳細な発明または図面に開示されている発明がある場合がある。発明者はこのような発明についても公開し、社会に提供する意思を表明しているのであるから、公開の代償として独占権を与えるという前記の特許制度の趣旨からすれば、発明者はこのような発明についても本来特許を請求する権利を有するといわなければならない。旧特許法九条一項の分割出願の制度は、このような趣旨から、一発明一出願の原則に反する出願および牽連の要件に違背する出願が拒絶されるのを救済するためのものと限定的に解すべきではなくて、当初特許を請求してはいないが、明細書の発明の詳細な説明または図面に開示された発明について後日特許を請求する便宜を与えるための出願人の権利をも定めたものと解すべきである。また同条同項で出願時の遡及を認めるのも、前記の趣旨からすれば当然のことと考えられる。そうすると同条同項の「二以上ノ発明」とは、もとの出願の出願公告決定の前後を問わず、もとの出願の特許請求の範囲に記載されている発明だけではなく、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明をも含むと解すべきことになる。

(二)  被告は、本願のような場合において、分割出願を適法として出願日の遡及を認めると、分割出願前は特許権侵害とならなかつた第三者の行為が侵害になるとともに、もとの出願後分割した発明と同一発明を特許出願している第三者も特許を受けることができなくなるという第三者にとつて不測の事態の生ずる可能性があり、旧特許法七五条五項、同法施行規則一一条四項およびその運用による出願公告後の明細書の訂正に関する制限が全く無意味になると主張する。

しかしながら、本願のような場合においては分割出願された発明は、もとの出願とは全然別個の発明であつて、これについては別に新たに出願公告がなされ、その特許権の効力は新たな出願公告の時点から発生するのであるから、分割出願の出願公告前に第三者がこれと同一発明を実施していたとしても、分割出願公告後までこれを実施しない限り特許権侵害に問われることはない。もとの出願がなされた後、分割した発明と同一発明を特許出願した第三者は特許を受けることができなくなるが、このような事態は分割出願が出願公告前に行われた場合にも生ずることである。もともと特許制度の趣旨が新技術の公開の代償として特許権を付与するものであることを考慮するならば、第三者は、ある発明が出願公告されたならば、この出願について終局的処分がなされるまでは何時でも、明細書中の特許請求の範囲以外に記載されている発明についても分割出願され、特許権が発生する可能性があることに留意しなければならないのであつて、特許公報を見ただけで、特許請求の範囲以外の個所に記載されている発明については自由に実施できると考えたり、あるいは先願としての地位を確定的に生じないと考えるのは早計のそしりを免れないのである。

当初の明細書の特許請求の範囲に記載しなかつた発明については特許請求権を放棄したものと認めるべきであるとの議論は、一般的に発明者の意思に反する推定ないし擬制をするものであるから許されないし、この議論をとる限り出願公告前も特許請求の範囲に記載されない発明については分割出願が許されないことになろう。

したがつて、被告の前記主張は本願の場合のような分割出願を不適法とする根拠とはなりえない。

(三)  また被告は、本願のような場合において分割出願を適法なものと認めると、訂正審判や特許権分割の審判における訂正後の発明あるいは分割後の発明がもとの特許請求の範囲を実質的に変更してはならない旨の制限と均衡を失することになると主張する。

訂正審判や特許権の分割の審判における前記の制限は、これらの審判によつてもとの特許請求の範囲に変更が加えられることになるため、それまで特許権侵害でなかつた第三者の実施行為が新たに侵害となるおそれがあり、かような事態発生を避けようとするためである。これに対して、本願のような場合においては分割出願はもとの出願の特許請求の範囲になんら変更を加えるものではないのであつて、分割出願発明はこれと独立した全く別個の特許権として出願されるものであり、これについては新たに出願公告が行われ、特許権の効力はその時点から発生することは、さきに述べたとおりである。したがつて、以上の点において訂正審判や特許権分割の審判の場合とその性質が異なるのであつて、分割出願の出願公告前の第三者の実施行為は侵害とされないから、被告が主張するような均衡を失する事態は生じないといつてよい。

したがつて被告のこの主張も本願の場合のような分割出願を不適法とする理由とはなりえない。

二以上によれば原告のその余の主張を判断するまでもなく本件審決は違法であるから取消を免れない。よつて原告の本訴請求は正当であるから認容し、行政事件訴訟法七条、民事訴訟訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 小笠原昭夫 石井彦壽)

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